経営理念・行動指針

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改正

介護保険が来年改正となる。詳しい内容は割愛するが、働く人には処遇改善をほどこし、事業者側には適正な回数??をより明確化し、重点をより明確にしている。万遍なく福祉を提供したい経営者には厳しい内容だが、時代に沿った福祉を提供出来る経営者には追い風になるだろうと僕は考える。

今迄は、介護事業所は地域に根付いていれば、一定の収益があった。マーケティング戦略も必要なければ、数字に基づいて運営する必要も無かった。今後は一般的な産業と同じように、経営手法や経営手腕が求められる。


そこを乗り越えないと、事業所は国の施策通りに廃業又は統合となる可能性が高い。どの産業も成熟期に突入した際には、少数の企業に全て収斂されていく。まさに介護業界もそのフェーズに突入したのだと思う。

数字の経営と言えば、『孫社長にたたきこまれた すごい 「数値化」仕事術 』(PHP 著 三木雄信)の本がとても平易に分かり易く書かれていた。
統計学を知らない人でも統計学を使って数字を考える癖や数字化して業務をこなしていくやり方が詳細に書かれている。

経済学部や商学部出身でない人向けの本だと思うが、PDCAの考え方やランチェスター経営にも触れているので、経営者にはよりフィットする本だと思った。



文化

Facebookのシェア要望を読んでいると以下の内容の記載でした。

フランスの子育ての充実と日本の子育ての不足・不満が書かれている。具体的にはフランス在住の日本人女性がフランスの子育ての寛容さと制度の充実ぶりに感銘し、たまに日本に帰ると、日本での子育ての難しさ、制度の不備、世間の大人の子供に対しての冷たさを嘆いている内容である。

至極全うな意見だと思う反面、日本は老人天国社会であり、フランスは自立の国ですので、老人には冷たい。フランスの老人にとってはフランスは手厳しいが、日本の介護事情を聞くと、日本人に生まれれば良かったと嘆くのかも知れない。だから各論ではそう思うが、総論では議論の余地がある。
皆、諸手を挙げて称賛していたが、全体論で考えた方が良い。


傾斜配分の違いもあるが、文化の違いや考え方の違いもあるのかなと思った。儒教の国に、年上を敬うよりも、未来の子供を大切にしろと言うのは、文化が成熟している日本では難しいと思われる。未だに儒教色が濃い韓国はどうなのだろうか?政治主導で明治維新的に変えるしか方法は無いと思う。

日本の場合、戦争に負けて、経済至上主義に成り下がり、自分さえ良ければよいという雰囲気も子育てをしづらい環境を生み出している一因ではないだろうか?
フランスの様に1.5流国に転落し、成長を追いかけることよりも、日々の生活の充実に目線がいけば、日本人一人一人に潤いややさしさが子供に向くのでは無いだろうか?

日本は、西洋人だと思っているが、仏教を中心としたアジア人なので、あまりフランスかぶれになり過ぎるのは良くない。西洋人のマネして、無理して流行りの洋服を着るみたいにフィットしないと思う。家族で支える、地域で支えるという意識を国民に植え付けるのが、遠回りかも知れないが近道だと思う。

日本人はもう少し自国に自信を持った方が良い。



ミレニアム世代

最近、雑誌やマーケティング関連で耳にした人も多いのではないか?1980年~2000年前後に生まれた世代をいう。その前の世代は、ジェネレーションYとかXと言うらしい。

区分けの意味などはWORK SHIFT(プレジデント社 リンダ・グラットン)に詳しく書かれているので、今回は省きます。

ミレニアム世代は、所有を好まず、モノよりコトに価値を置く世代だと言われています。アメリカ在住の起業家に話を伺ったのですが、今、日本の炊飯器がアメリカでは爆発的に売れているそうです。(ミレニアム世代が消費の中心にシフトしているそうです。)

売れている理由は、胃腸に良くないパンを食べるよりも、完全栄養食に近いライスを食べることがクールで健康的だからというのが理由だそうです。

ニューヨークのレストランに行くと、主食、アペタイザーのいずれにもライス食がある位、大人気だそうです。

日本でも、高価なモノではなく、ロープライスで価値があるモノに消費が移っています。
若者がインスタに夢中になっているのも、価値基準が大幅に変わっているからなんですね。

ライドーシェアや民泊というサービスも世の中の消費の移り変わりや価値の変化から生まれたんだろうなと思う。

日本企業もミレニアム世代向けの商品やマーケティングを必死に展開していると聞くが、いつもアメリカの後方を追いかけてるのは気のせいかな。

私は、バブル世代とミレニアム世代に挟まれている世代なので、両方の感覚が理解出来ます。世界的な潮流というところがミソな気がします。

年下の流儀

我々の業界では管理職や所長が年下、その他パートスタッフが年上、一回り年上というケースが少なくない。

違ったケースだと男性が管理職、女性がパートスタッフの場合も実は揉める。

当社の離職率が高い部署、揉めている部署はまさにこのケースが大半だ。

年下の管理者は年下らしく、相手を敬い、仲間を称賛し、丁稚奉公を続けつつ、みんなの縁の下の力持ちを続けないと事業所は崩壊する。そして続けることが成功の秘訣なのだと思う。

相手に非は無いので、私の失敗談も敢えて書くが、最近、スタッフから、社長自身が怒号を伴った抗議を受けた。通常のマネジメントで考えると社長の取った行動は正しいとも言えたが、一定の年齢を過ぎたスタッフの気持ちを考えると、年齢相応の配慮が必要だったと言える。反省を込めて謝罪をした。

大企業であればと一瞬、頭によぎったが、中小零細企業では、仲間をどう大事にするかが大事なのだ。

それが、相手の力量不足、相手のミスであっても、そこを責めず、年上世代を年下が大きな気持ちで包み込むことが、我々の規模の会社では必要だ。法令違反や明らかに場を乱す人は、某都知事の言葉を借りて排除すべきだが、甘受出来る範囲であれば、甘んじて受け入れる度量が管理職や経営者に問われる。

正しいことを主張し、押し通すことはリーダーとして必要なエッセンスだと言われる。だが、本来は清濁併せのむことが大切なのだ。デカルトや聖徳太子(17条の憲法に書いてある)、孔子も中庸が世の中には必要だと言っている。

若さは正義の現れであり、世の中全てを青春の偶像として見てしまう。黄昏時を迎えた人や、斜に構えて生きている人も現実にいることを理解しないとだめなのだ。彼等から見れば、正義を振りかざす若者は面倒な人にしか見えない。

どちらかが正しいのではない。目標の為には、どう分かり合うか、どう行動するのかを話し合うのが大切なのだ。

僕も40歳過ぎれば、年の功で大丈夫だなと高を括っていたが、25歳の社長就任時と同じポジションに戻された。貞観政要の太宗の気持ちが痛い程分かる。
あのチェザレ・ボルジアやカエサルでさえも、民衆に対しては寛容だった。リーダーは難しいなとつくづく考えさせられる。






経営の本質

経営の本質とは何だろうか?僕が思うにはトップライン(売上高)を維持・拡大することだ。ボトム(経費)を調整することも大切だが、トップラインが上昇することにより、ボトムの調整がより効果的になる。縮小均衡は一時的な処置でしかない。

助成金活用、IT活用、軽費削減等、さまざまなボトムを調整する案はあるが、経営者はボトムよりもトップラインが大幅に変わるようになる為にはどうしたら良いか(ビックシング)を考えるのが仕事なのかも知れない。

経営を学んでも、なぜ経営が良くならないか。理由は簡単だ。経営はサイエンス(再現が可能なもの)ではなく、アートだからだ。僕らがいくら孫さんの本を読んでも孫さんになれないのと同じだ。自分と同じロールモデルを探して、愚直に努力するしかないのだ。


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