経営理念・行動指針

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GH1位企業が

認知症高齢者向けの施設数業界1位の企業が学研にM&Aとなった。親会社は不動産・保育など多岐に渡り経営しているようだ。社会保障に見切りをつけて、ポートフォリオを変えたのだと思う。1位は競争優位性が高く、今後も維持・発展が可能だと私は考えるが、通説を撥ね飛ばす程、社会保障への強烈な不信感があったのだと推測される。大手の寡占化はより鮮明となった。


当社も選択と集中を行う為に、ポートフォリオの見直しをする時期なのだろうか・・・。


日本はどうなるのか?

日本はどうなるのか?最近良く聞かれるワードです。

僕個人の意見としては、恐らく、ローマ帝国の衰退の様になるのだろうと思っています。今のイタリアですね。イタリアと日本は良く似ていると思っています。例えば、モノ作りは得意だけど、ゼロからの設計は苦手。観光資源が多くある。お酒に寛容。ヤクザ=マフィアがいる。

それでもイタリア人は陽気に暮らしている様に見えるのは偶然でしょうか?日本のあるべき姿としてとらえるのであれば、とても良いケーススタディーかも知れません。

確かに国家がシュリンクしていくのは、簡単なことではありません。贅肉をそぎ落とし、痛みを伴うからです。今の政治家がどう国家予算をいじろうが、移民を入れようが、今更、手を打っても、早かれ遅かれ、そうなるだろうと僕は思っています。30年遅すぎた感はありますね。1980年代に自民党案で少子高齢化による国家存亡をいかに回避するかの案があったのですが、バブル前ということもあり、先送りしてしまったんですよね。

ローマ帝国も栄華を極めた時に、兵隊に志願する人が減り、(日本で言う若者減少)衰退していきました。経済成長の後、再度、経済成長を行えた国家は今まで歴史上無いというのも事実です。再生にジタバタするよりも、縮小均衡すべき部分と伸ばすべき分野の濃淡を覚悟と責任を持って提示する時期が来たように思えます。

会社の場合には、3年計画、5年計画等の中計をスタッフに示すので、やるべきこと、あるべき姿が見えるのですが、国家の場合には、あるべき姿が見えづらく、国家に対しての不信感を抱きやすいと感じてしまいます。人口が多すぎて、提示が難しいという側面もあるのも否めませんが、成長戦略を無理やりバルーンとして挙げるのは難しい局面になっている気がします。


魂がない呟き

facebookが嫌いだと以前もブログで書いた。連絡を取る為にしか使わないようにしている。

理由は、周りが幸せに見え、自分の自信喪失になるからだ。(日曜夕方に見ると憂鬱な気持ちになる。)

以前も勝手に似非な幸せをまき散らしているからと嫌いだと書いた記憶がある。

そんな中で明石家さんまさんが、ラジオで幸せになろうとするから不幸になるんだと発言していたらしい(yahoo記事より)、とても深い示唆と、くだらないキラキラ感に警鐘を鳴らす意味としては、溜飲が下がった。同時に夢なんて叶わないんだ。夢を追い求めるから辛くて、ありのままの自分でいられないんだとも書いてあった。努力と運でのし上がったからこそ言える金言だ。

facebookやインスタは自分を必要以上に良く見せるツールとしては最高だ。『いいね』の数だけ、自分のキラキラ度が可視化出来ることがとても快感になるのだと思う。

故岡本太郎さんも著書で、「幸せなら手をたたこう」の歌を猛烈に批判していた。幸せである瞬間に、苦しんでいる人もいる。幸せになりたくても、出自がそれを許さない人もいるんだという彼なりの主張だ。私も同意だ。

幸せ=人間としての在り方と誰が決めたんだろう。LBGTだってそうだ。人の価値観は色々あるはずだが、こうあるべきだという同調圧力が強すぎるのではないか。

幸せ、嬉しい、楽しい・・・。そんなことに人は共鳴をし、共感はしない。苦しみがあり、ストーリーがあり、努力が垣間見える内容に人は歓喜し、熱狂するのだと思う。売れている歌は、切なくて、悲しい歌が多いはずだ。くだらない日常を載せるよりも、何に苦しんでいるか、何に努力しているかを書いた方が、人と人のつながりに絆を感じるのではないだろうか・・・?そうなると、facebookの存在価値がなくなってしまうか・・・・。

いつの時代も

最近の若者は、社会に貢献したと理想論ばかり言う、最近の若者は本を読まない。

聞きなれたフレーズですが、新渡戸稲造の『修養』(角川)を読んでいると、新渡戸稲造が若者に対して、上記と同じことを嘆き、欧米人の様に本を読んで教養を身に付けろと書いていました。いつの時代も、おっさんから見る若手は、同じ印象にしか見えないだなと、反省をしつつ、思わず笑ってしまいました。100年前の本ですから、100年間人間の真理や意識が変わらないというのも可笑しいやら、悲しいやらで楽しく本を読了させてもらいました。おすすめです。





人間の真理

僕が思う人間が今後、絶対に変われない真理があると思う。(賛否両論あると思いますが。)
代表的なものとしては、『年齢差』がそうではないだろうか?

介護業界は圧倒的に、このケースが多い。介護施設では若いスタッフが正社員として中高年以上の男性・女性を部下としてまとめあげるケースが多いからだ。
大半の若手リーダーはマネジメントが上手くいかない。経験や実績が無い為、基本、若手リーダーは全てにおいて、部下に認めてもらえない。結果、そこから挽回出来た人は、優秀なリーダーとして認められ、諦めた人はダメなリーダーとして烙印を押される。能力不足の場合もあると反論がありそうだが、問題の根はそんなに浅くない。

能力不足・経験不足が招いたという結論は、結果論としては一見正しく思えるのだが、見逃しがちなのが年齢による感情がバイアスとなり、正しい業務指示も年上部下が面従腹背するケースがあるからだ。このケースはとても深刻で組織を少しづつ壊しているのだ。ちょっとした業務命令無視の積み重ねが、最終的には事業の存続に係わるからだ。

若者はやる気がなくなり、業界を去ることになる。介護業界の離職率の高さの原因の一つともいえる。常識的に考えて30歳前後の職員が50歳以上の職員に労務管理、人生の云々までまとめあげるのは、無理がある。他の業界から見ると,とても異質だ。こども程、離れているスタッフから指示される程、皆、心が広いとは言えない。

この問題に関しては私自身が常に直面し、苦しんできた問題だ。

私も25歳から全員年上の中で運営してきたが、40歳になるまで、この苦しみに相当悩まされてきた。起業当初は入社したての中年男性に挨拶の仕方を指導しただけで、社会人経験がロクに無い若造に言われたくないと罵倒されたり、違うスタッフには面前で『君はNO.2向きだ』と言われ、また違うスタッフからは当時の職員と僕を二人足して一人前だと言われたり、言われたい放題・至極滅茶苦茶だった。だったら、さっさと退職しろと言いたかったが、年上に物申せない自分もいたので、ことは大事に至らなかった。

当社は自由闊達だから好きだというスタッフも多いが、それは私が年上スタッフに意見できなかったことが文化形成の一助となっているのだ。

当時の日記を読み返すと、なんて業界に来てしまったんだと何度も後悔していることが書かれている。能力は昔の方が圧倒的に優秀だったので、能力不足ではないと思う。

30歳前後には会社が嫌になり、一年くらい、週3日しか会社に行かなかった。それほど、年齢差による人間の真理は深刻な問題だ。


真理の結果として裏切りと多額の負債を背負うことになってしまった。

原因は年下社長に対しての嫉妬や妬みから、クーデターを起こされたからだと思う。能力不足という単純なロジックに騙されてはいけない。

40歳を過ぎると、勝手に中高年の仲間入りを認めてくれたようで皆、話を聞いてくれる。老獪になったとか、優秀になったではない、ただ、同じ仲間として認められただけに過ぎない。(多少は性格も丸くなったが・・・・)

上記の問題を解決する方法は一つしかない。お互いを家族の様に大切に取り扱うことだ。リーダーは偉ぶらずに、部下は経験を盾にモノを申さない。

そして、家族に接するように大切に接することで、一体感が生まれ、お互いを認め合うことが可能だ。壊れた組織は、リーダーも部下もダメなケースが多い。組織はリーダーで決まると言うが、年下リーダーの組織は、トップ以上に部下で決まるのかも知れない。

年下リーダーはとてつもないハンディキャップを背負っていると自覚したほうが良い。










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